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Hanaduna ~花綵~
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HANADUNA ~花綵~ へようこそお越し下さいました。
ココログ-<花栞> を「日記草子:日々の呟き」と「芝居草子:木挽町覚書」に
立て分けてコンテンツを明瞭にすることと致しました!!。
<花筐>・<花便>にはブログに掲載しきれない記事やログを掲載しています。
<花綵>・<花栞> 共々、お付き合い下さいませ。
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2008年7月17日 (木)

-舞台散策-(演目紹介) 『日本振袖始』

【 舞台散策 : 『日本振袖始』 】


-目次-
掲載分は -目次-をクリックしてご覧下さい

『日本振袖始』
にほんふりそではじめ

 

作 者   近松門左衛門
初 演 元禄16年5月、大坂・竹本座
背 景 八岐大蛇退治の伝説による 『日本王代記』の改作です。
天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫-天孫:瓊々杵尊(ににぎのみこと)の妃となった
美しい木花開耶姫(このはなさくやひめ)の姉・ 岩長姫は醜女であったと
古代神話では語られていますが、近松はこの岩長姫を国の十握の宝剣を奪い取った
悪鬼としてまた自身の醜さを呪って美女に祟りをなす存在として描くことにより、
薄幸の女性の悲しみと嫉妬の怨念を神話的スケールで表現することに成功しています。
本来は全5 段からなる物語ですが、明治以降は「大蛇退治」 の5段目だけが
上演されるようになりました。
あらすじ  出雲の国、簸の川岸…。今日は八岐大蛇に生け贄の稲田姫を捧げる日です。
しかし、稲田姫を愛しく思っている素戔嗚尊(すさのおのみこと)は
姫を助けるために毒酒を入れた8つの瓶を用意し、
大蛇が毒酒を飲み干した折を見て討ち取ろうという計略を立てます。
生け贄として今朝一人捨て置かれたことを嘆き悲しむ稲田姫……。
この時、発熱に苦しむ稲田姫の両袖の下を開けてやるのが
<日本振袖>の由来とされていますが、そこに俄の雨の異変と同時に現れた怪しい女こそ、
嫉妬の怨念がその身に悪鬼を呼び八岐大蛇の化身となった岩長姫でした。
 岩長姫は稲田姫を一口に飲み干そうとしますが
瓶の酒に気付き、次々に飲み干していきます。
毒酒に酔った岩長姫は稲田姫に襲いかかりますが、素戔嗚尊が退治に登場……。
正体をみせた八岐大蛇でしたが毒酒に力つき見事討ち取られ、
十握の宝剣も無事素戔嗚尊の手に取り戻されるのでした。

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2008年7月 4日 (金)

大きくなった「ころ太」

Hanasiori Blog Ⅰ の「ちょろ栞」の弟として
「ころ太」を飼い始めて数ヶ月……
ピョンピョン跳ね回っている「ちょろ栞」に比べて
「ころ太」はとてもゆったりした癒し系
それでも随分と言葉を覚えてますます可愛くなっている confident

Blog Pet の「ころ太」を飼い始めて数ヶ月が経過しました。
このブログパーツは私が投稿する言葉を覚えて大きくなるらしく
Hanashiori Blog Ⅱ に書き記している言葉を「ころ太」の趣味で(!?) 、好き勝手に語ってくれます。
Hanashiori Blog Ⅰの「ちょろ栞」のように記事の投稿を許してはいないので
毎週、のけぞらされることは少ないのですが、
それでも、こんなことを語りかけて来る愛嬌者です!?。

Image070308
色んなことをおしゃべり
…言葉を沢山、覚えました!…

…ネッ!…、何とも可愛いでしょう diamond

ページを覗けば、「ナーコだっ!」と声を掛けてくれる優しさも持っていて
可愛さ、急上昇になっています happy01
これからも癒し系の「ころ太」でいて下さいネ!。

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2008年6月29日 (日)

シネマ歌舞伎 『ふるあめりかに袖はぬらさじ』

【東劇】

§玉三郎丈配役
・「ふるあめりかに袖はぬらさじ」 お園  6月20・27日観劇

昨年12月の歌舞伎座で玉三郎さんの念願が叶った 『ふるあめりかに袖はぬらさじ』 が
シネマ歌舞伎として上映されました。( 東劇 : 5/31~6/27 )
以前もシネマ歌舞伎を鑑賞した折に書き記しましたが、ライブの舞台を映像化することに関して
実際の舞台に満ちている<気>(オーラ)までは伝わらず、感動は薄れるという思いは、
今も私の心の片隅にあります。

しかしその思いを払拭してしまう程の出来映えを感じたシネマ歌舞伎は、
前回、目にした 『京鹿子二人道成寺』 でしたが
今回の 『ふるあめりかに袖はぬらさじ』 も、実際の舞台を凌ぐ映像になっていると
認めていい素晴らしい映画となっていました。
歌舞伎にとっても、画期的なことだと実感します。

特に、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』の他の舞台と歌舞伎座での上演を比較して、
…舞台が横に広すぎて役者のオーラが拡散されてしまっているのでは… と
いった感想を持っていただけに、役者をクローズアップできる映像の威力が
今回のシネマ歌舞伎には遺憾なく発揮されていて、とても上質な映像に仕上がっていました。
また、よくテレビ放映される劇場中継等と比較して雑音もなく
映像も非常に綺麗に撮れていて申し分ないと思います。

ここでこの作品の出典を探ると、染崎延房 ・『近世紀聞』 2編の
以下のような一節をあげることが出来ます。

露をだもいとふ倭(やまと)の女郎花(をみなへし)
               ふるあめりかに袖はぬらさじ

 此(この)喜遊(きゆう)の伝(でん)は
 其頃(そのころ)阡佰(ちまた)に鱠炙(くわいしゃ)し
 今尚(いまなお)口碑に残りたり
 這回(このたび)此(この)を綴るに至りて或(ある)一書を閲(けみ)せしに、
 渠(かれ)が事蹟を載(のす)る処
 是彼(これかれ)同一なるを以て這此(ここ)には抄出なせるなり。
 今の開花に比ぶる時は頑僻(がんへき)なるに似たれども、
 此頃(このころ)は娼妓だも洋夷(ようい)を悪(にく)む斯(かく)の如し。
 況(まし)て慷慨(こうがい)の有志をや。当時の風俗推(おし)て知るべし。

幕末から明治維新にかけての激動期、日本は、<攘夷派> と <開国派>に分かれました。
しかし、これを女性の立場から取り上げてみると、数百年に及ぶ鎖国は
異人を忌避する風潮を生んで行ったといえるのではないでしょうか。
その中で亀遊(喜遊)は、医師・太田正庵の娘として少女時代を過ごし、
両親の死後に吉原で遊女となった後、
横浜・岩亀楼に住み替えて「喜遊」を名乗るようになり、アメリカ人・イルウスに見初められたものの
同衾することを拒否し、…短剣にて喉を刺串(さしつらぬ)き… 自害したと伝えられています。

こうした伝承を咀嚼して、優れた戯曲に創り上げた
有吉文学の力量には脱帽せざるを得ませんし、
何と言っても、お園というとても魅力的な女性を登場させることで、
豊かな彩りが添えられると同時に現代社会にも通じる問いかけをも発するに至っています。

また、戯曲・『ふるあめりかに袖はぬらさじ』をより楽しめる作品へと高めるのは
お園を演じる役者の力に任されることになるといえましょうか…。
私の中でお園は、今の時代では女盛りの30代後半、
(とは言っても、当時はかなりの年増だったと思いますが!?)
…お節介で情に厚いがお酒とおしゃべりが過ぎて bottle … の芸者姿の向こうに
ただひたすらにその時を生き抜こうとした女性のけなげさ・ひたむきさが、
観劇するたびに胸に沁み渡るのも舞台のお園像がもたらしているのに間違いないことを思うと、
…どんな役者が演じるのか… がどれ程、重要なことであるか…… をつくづく思わずにいられません。

この点、杉村春子さん以上の上演回数を数えるようになった玉三郎さんのお園は
とても原作に忠実でありながら、書籍の枠を飛び越えた魅力を放っているのではないでしょうか……。
だからこそ、上演回数を重ねて来られたとも言えると思います。

この作品の眼目は、亀遊の死は極く個人的な感情から発作的に起こった自殺だったと言う 【実像】
時代の激流の中で、<攘夷女郎>として志を貫いた自害と言う 【虚像】 にすり変えられ、
利用価値を生んで独り歩き( というより暴走(!?) )し始めてしまう世の中の不条理を取り上げ
その渦の中にお園を置くことによって、 【虚像】 が時として社会の現実としてまかり通ってしまう滑稽さを
涙と笑いの中に描き出している点にあるのではないか…… と私は思っているんですけど、
玉三郎さんのお園は、そんな社会の摩訶不思議をとても雄弁に語っているように思います。
それだけに、最後に抜刀された恐怖に腰が抜けたまま毒づく場面で
「みんな嘘さ、嘘っぱちだよ。
 おいらんは・亀遊さんは、淋しくって・悲しくって・心細くって、ひとりで死んだんだ…」 には
心に深く響く優しさが溢れていました。

しかしながら、役者を大胆にクローズアップ出来るだけに
実際の舞台では感じることもない感想を持たせてくれる一面もあります。
…突出した新しい驚きを取り上げるとすると…、
作者・有吉佐和子さん独特の時代を風刺した喜劇だけに
玉三郎さん演じるお園が粋も辛いも噛み分けた
年増芸者としての着付けや化粧の仕方をしているからでしょうか……。
玉三郎さんの男性と年齢を感じさせるお姿には少なからず、吹っ飛ぶ場面が数回あります!?。

特に全編を通じて感じさせられるのは、玉三郎さんの声音(こわね)が壮年男性のそれであること!!。
年増となると、どうしても高い音域の声には出来ないのですから低くなるのは当然なんですけど、
実際の舞台では動く出演者を目で追うことに心を奪われているからでしょうか……、
観劇した時にはそれ程、感じなかったその声が
すっかり、ある程度年齢の行った男性になっているのにはかなり驚かされます。

また、攘夷派の前で辻褄の合わない話を披露する失態をしでかして刀を抜かれ腰を抜かすものの
「抜き身が怕くて刺身が喰えるかってんだ!」と強がる最終場面の
お園の腰から下のラインは、丸ごと男性そのもの~~!!。
…この方、男性だったんだ!!… と痛感させられる一場面になっていること、請け合いです!?。
( …って…、これじゃぁ、褒めてるんだか……してるんだか!? ではありまするが sweat01 )

シネマ歌舞伎の中のお園の玉三郎さんを目にしていると
…女形である前に、この方は <役者> でいらっしゃるんだなぁ… との思いで
久し振りにいっぱいになりました。
私が玉三郎さんを、…単に綺麗なだけの女形だけではなく、一人の <役者> でいらっしゃる…
と実感したのは映画『ナスターシャ』のムイシュキン公爵ですが、この時と同じ感銘を受けた心持ちです。
いつもの舞台で観ている玉三郎さんとはまた別の顔を垣間見ることが出来る
とてもいいチャンスとも申せると思います。

それからお化粧の仕方を言えば、アップになった時の勘三郎さんの老け具合が
しっくり似合ってしまってる点も凄いですよ~!!。
…彼も初老だったのねぇ!?… と、思い切り感じさせられました!?。
(…って…、実年齢を考えたら、確かに初老でいらっしゃいますから、
 当然と言えば当然のお姿なんでしょうけれど!?
 ← …でもねぇ…、やっぱり・ちょっと納得できないのは、如何なる故でありましょうや??
   我ながら不思議な気持ちになりました。)

今後も勘三郎さんの 『文七元結』 や 『三人連獅子』 等が上映予定の由……。
DVD化されることも切望しつつ、これからも大いに楽しみたいと思います。

【 追記 】 2008-07-07
それから、…どうして、映像がカットされてしまったんだろう… と思う程、
上映されなかったことが残念なシーンがあったのですが書き忘れていました coldsweats01
それは一番最後にお園が、「それにしてもよく降る雨だねぇ…」 と後ろ向きに呟いてから
幕が下りるまでの間、肩を震わせる後姿です。
歌舞伎座で目にした最後のこのシーンは、お園の思いが舞台に溢れるようで
私は凄く心に響いたんですけど、シネマ歌舞伎では全くカットされていました。
…「みんな嘘さ、嘘っぱちだよ。おいらんは…淋しくって・悲しくって…死んだんだ…」 と
  正面を向いて涙するお園のアップもいいけれど
  肩を震わせるお園の後姿には、溢れる思いが籠もっていたのに …
と、余韻が楽しめなかったことを、とても残念に思いました。
編集していただけると嬉しいんですけれど……。 (…やっぱり、無理なお願いでしょうか(!?) …)

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2008年6月22日 (日)

-舞台散策-(演目紹介) 『十六夜清心』

【 舞台散策 : 『十六夜清心』 】


-目次-
掲載分は -目次-をクリックしてご覧下さい

『十六夜清心』
いざよいせいしん
-花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)-

 

作 者   河竹黙阿弥
初 演 安政6年2月、江戸・市村座
背 景 市川小団次贔屓の「鬼薊清吉(おにあざみせいきち)」という洒落た名前の罪人と
御金蔵破りの盗賊・藤岡籐十郎の事件を絡めて作られたお話です。
あらすじ  極楽寺の所化・清心は扇屋の遊女・十六夜に馴染んだための
女犯の罪で追放になってしまいます。
一方清心の子を宿した十六夜も廓を抜け出し、思い余った二人は
川に身を投げて心中を図りますが、
十六夜は俳諧師・白連に助けられて発心し、清心の菩提を弔う旅に出ます。
清心も死にきれないまま、偶然に五十両を持って通りかかった十六夜の
弟・恋塚求女を金のために殺してしまいます。
おさよと名乗り尼になった十六夜と盗賊・鬼薊の清吉となった清心は
箱根の山中で再会し、共に悪人になり果てて白連を強請りますが、
彼こそ清心の兄である大盗賊・大寺正兵衛と分かった上、
清心が殺した求女が十六夜の弟と知れると、因果の恐ろしさから自害するのでした。

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2008年6月21日 (土)

カスタマイズ・レコード -ココログ・フリー:広告表示に関するメッセージ-

【ココログ・フリー:広告表示に関するメッセージ】

この Blog を立ち上げる以前から手掛けている Hahashiori Blog Ⅰ に書き記している
【カスタマイズ・レコード】 に、ココログ・フリーに表示される広告へのメッセージを
表示させるカスタマイズ方法をアップしました。

  カスタマイズ・レコード18 -ココログ・フリー:広告表示に関するメッセージ-

まだまだ完璧ではないようですが、
これで遠慮会釈なく表示される(!?) 広告にかなり対応できたかと思います。
当分はこの方法で広告表示には対応して参りたいと思いおります。
ご参考になるようでしたらどうぞ!!。

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2008年6月16日 (月)

-舞台散策-(演目紹介) 『阿古屋』

【 舞台散策 : 『阿古屋』 】


-目次-
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『阿古屋』
あこや
-壇ノ浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)-

 

作者   文耕堂・長谷川千四 合作
初演 <人形浄瑠璃>  享保17年、大阪・竹本座
<歌舞伎>     寛政8年5月、江戸・桐座     
背景 全5段の『壇ノ浦…』の3段目が残り、琴・三味線・胡弓を使っての責め場から
俗称「阿古屋の琴責め」といわれています。
あらすじ  平家が壇ノ浦に滅んだ後、悪七兵衛景清は仇を討とうと源頼朝を
つけ狙っていました。
一方、源氏方も必死の平家残党の詮議を行っており、景清の行方を訊ねるため、
愛人-五条坂の遊女・阿古屋を捕らえて問注所に引き出します。
詮議は冷酷な岩永左衛門と情け深い畠山重忠が執り行います。
岩永は阿古屋を拷問にかけようとしますが、重忠は三曲(琴・三味線・胡弓)を
持ち出して阿古屋に演奏をさせ、その音色に乱れがない姿を見て
真実、行方を知らない証拠だと認めて釈放するのでした。

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2008年6月15日 (日)

-舞台散策-(演目紹介) 目次

【 舞台散策 : 目次 】


-目次-

             ●あ行
              『阿古屋』
              『十六夜清心』

             ●な行
              『日本振袖始』

 

  <ご挨拶>
  …小さい頃から目にしている歌舞伎に関するページをもう少し充実させられないだろうか… と、
  思い立って、Hanashiori Blog Ⅱ を立ち上げた一つの理由が、以前のHPで取り上げていた
  演目紹介をすることでした。
  そこで、手元にある演目紹介から挑戦してみようと思います。
  歌舞伎観劇時の手助けの一端にでもなってくれれば嬉しいのですが……。

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2008年5月26日 (月)

4月大歌舞伎

【歌舞伎座】

§玉三郎丈配役§
・「熊野(ゆや)」  熊野
・「刺青奇偶」   お仲  4月25日観劇
・「勧進帳」     義経  4月18日観劇

歌舞伎座120年を寿ぐ4月大歌舞伎を観劇して早1ヶ月……。
何やかやと(!?) 忙しくしている毎日に紛れて
観劇記をサボっておりましたが、やっと書き付けました。
4月の舞台は仁左衛門さん・玉三郎さん・勘三郎さんがメインの華やかな舞台でした。
その感想なぞをひとくさり……。

<昼の部>
『熊野(ゆや)』
能の『熊野』を題材に明治期、長唄として作曲された作品を
平成14年、玉三郎さんが歌舞伎舞踊として舞台化した作品だけに
どちらかと言うと、静かなイメージの舞台です。
近年の玉三郎さんはお能から新作を立ち上げられることが多くなっています。
華やかな歌舞伎舞踊とは趣が異なり、
能面を着けた役者が表情ではなく、体から醸し出す気(オーラ)から
登場人物の感情を表現する能を踏まえての舞踊は感情移入がそれ程ないだけに
観客にとっては芝居に入ることが難しい場面が多いかもしれません。
昨年12月の『信濃路紅葉鬼揃』しかり、そして、今回の『熊野』しかり……。

勿論、舞台としては上質ですし、
玉三郎さん演じる熊野が病床に伏す母を思いやって
思われ人の平宗盛に暇を請う心情は心に迫り来るものがあります。
…それでも、やはり舞台は静寂感いっぱい…。
…娯楽性を慮れば、厳しい点もかなりあるんじゃないか…と
私はこの類の舞台を目にする度に思わなくもないのですが、
玉三郎さんなりのお考えがあるのでしょう。

時として一時期、「ある程度の年齢の域に達したら能面を着けて舞台に立っても…」と
言われていた玉三郎さんを思い出し、
…その内、本当にお面を着けた玉三郎さんの舞台を目にする時が来るのだろうか…
と、考えさせられることもあるワタクシメ……。
…それでも彼の舞台を目にしたいか否か… は、今の私には未知数ながら(!?)
「時の変遷」を思わされた舞台です。

『刺青奇偶』
長谷川伸の名作と言えるこの舞台を私が初めて目にした時、玉三郎さんもお仲が初演でした。
お相手の半太郎は先代(17代目)の勘三郎さんで、涙の中で半太郎に刺青を彫る姿を見ながら
…玉三郎さんはこんなお役が凄く似合う役者さんなんだ… と
子供心に(…年齢はともかく(!?)、今から思えばホンに子供だったのよぉ!?…)
感心したことを思い出します。

…でもですね…、その時も玉三郎さんの目から本当の涙は流れていませんでした。
その後、お相手が当代の勘三郎さんにシフトしてからの再演でも
玉三郎さんの目から涙が流れた姿を目にしたことはありません。
このお仲に限らず、…玉三郎さんは舞台では実際の涙を流されない… と、私は今迄思って来ました。
実際、泣いた玉三郎さんを私は知りません。
感情表現が濃(こま)やかで、すぐに溢れる涙を流す勘三郎さん辺りがお相手で
どんなにオイオイ泣かれても玉三郎さんは泣かない……。
…歌舞伎界の松田~子を見るような coldsweats01 … と内心よく思っていたのですが…!?…。

今回はその認識を覆す大事件勃発!!。
驚くことに、大泣きする半太郎役の勘三郎さんの腕に刺青する玉三郎さんのお仲が
鼻水垂らしながら泣いたんです sweat02
余りの驚きに、客席のあちこちからすすり泣きが漏れているにも拘わらず、
私自身は泣くことをすっかり忘れてしまった程でした。

…玉三郎さんも実際に泣く役者さんでいらしたんですねぇ…

大きな新発見をした想いに駆られておりますワタクシメ……。
お二人の迫真の演技の賜物で舞台は非常に感動的でした。
久し振りに歌舞伎の良さをつくづく感じた気がします。

<夜の部>
4月の<夜の部>は、かなり満腹になる舞台ばかりでした。
各演目を目にしながら、…毎月こんな舞台を目にしていたら、観客の方が早死にしちゃいそうだ!?…
と思わされる程(!?) 、食傷気味になった舞台の模様を思い出してみます。
(食傷気味になる程、役者さんが大奮闘されている!! という証左ではあるんですけど!?)

『将軍江戸を去る』
こちらは橋之助さん、大活躍の舞台でした。
ちょうど、NHK・大河ドラマの『篤姫』も幕末を描いていますし、
近年、『新撰組』等も大河ドラマで放映されたりしているので馴染みやすい作品かもしれません。

若き青年が新時代開幕へ思いを馳せながらも
今までの主君にも義を尽くそうとする心情が溢れて清々しい印象は待ちましたが、
橋之助さんの台詞回しの早いこと・早いこと!!。
…台詞が多すぎるのか、時間が押しているのか… は定かではありませんが
…よく、舌を噛まずに済んでいるわねぇ… といったお馬鹿な感想を持ちながら観劇した演目です。

『勧進帳』
仁左衛門さんの歌舞伎座・27年振りの弁慶、勘三郎さんの10年振りの富樫、
玉三郎さんの20年振りの義経 とファン待望の舞台! といったイメージがかなり強い舞台だけに
客席も期待も大きくて盛り上がったものの、私には3人が3人とも自分の方向で芝居し過ぎ(!?) に写りました。

それでも、仁左衛門さんの弁慶は大熱演!!。
今までのイメージを払拭してしまう程ですが、途中でかなり息切れされて
…芝居じゃなくて本当に息苦しいんじゃない??… と心配になってハラハラ・ドキドキ bomb
その弁慶相手に、台詞が謳う富樫(!?)・能面の義経(!?) は、
それぞれを個々に見れば随一なのは間違いありませんが、
総体的にみると私には …zzz… に見えてしまって……。

それぞれに大熱演されていたと思います。
特に仁左衛門さんには感動された方も多かったようで、
「今夜は、『勧進帳』を見られただけで大満足!」といった感想も聞かれていましたが、
…しかしですねぇ…、3人が見つめる方向がバラバラだと、
どうしても舞台がまとまらない印象を受けます。
その上の大熱演となると、まとまらないけれど非常に濃い印象なって
この舞台で私は既にお腹一杯状態となりました!?。

次回、このお三方で『勧進帳』をなさる機会がありましたら、
3人とも一歩ずつ引いた舞台を拝見したいと懇願する思いです。

『浮かれ心中』
こちらの舞台は勘三郎さんならではの楽しい演目ながら、
平成中村座の『法界坊』等でも必ず、持つ感想として
私には、勘三郎さんのこのノリは非常に疲れます bearing
…ひたすら楽しいんだけれど、ひたすら疲れる!?… この舞台を見ながらつくづく、
…このテンポに全くついていけなくなっている私って老けた??… と思わずにいられません!?。

物語は江戸期の金持ちボンボン(!?)・栄次郎が家業に馴染まず
絵草紙作者になろうとして織り成す喜劇の数々といったお話で、
爆笑続きの中ではあっても、世間では何不自由ないはずの栄次郎が
自ら勘当をされてまで求める自らの天職、真に生きる道を探求する姿には
考えさせられるところも多々ある作品ですが、
とにかく賑やか! とにかく騒がしい!?。
エネルギシュな疲労感を覚える舞台と言えると思います。

それでも、ミッキーマウスのマーチで宙乗りする勘三郎さんには子供も喜ぶことと、いたく感心!!。
フーフー言いながらも(!?)、大いに楽しませて頂いた舞台ではありました。

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2008年4月 5日 (土)

坂東玉三郎 中国・昆劇合同公演 観劇記

  旅行記 : 春の京都散策

【京都・南座】

§玉三郎丈配役
・「牡丹亭」 杜麗娘    月21日観劇
・「楊貴妃」 楊貴妃

中国・昆劇との合同公演となった今回の舞台は全編中国語で上演されました。
中国は大地も歴史も広く悠久なだけに演劇も全く違った趣を持っていて
日本ではかなりポピュラーな京劇に比べると昆劇は色彩も音曲も台詞も
流れるように優美でたおやかな印象を持ちました。
玉三郎さんにとっては入り易かったかもしれないと思います。

特に感心したのは、女方の俳優さんのソプラノも超えるような歌声です。
…どんな発声法を取得したら、この声音が出せるのだろう??… と
聞き惚れてしまう程の美声にただ驚き!!。
また、どちらかというと白黒ハッキリで力強いイメージが先行する京劇に比べ、
玉三郎さんが力強く見える昆劇の芸風に絢爛たる中国文化の一端を垣間見た思いがします。
中国の大きさ・深さは測り知れないですよね……。
そんな舞台感想を少々、記してみます。

『牡丹亭』
昆劇の作品に玉三郎さんが挑んだ舞台で、「杜麗娘」という一役を
3人の女方が演じる舞台となっていますが、
玉三郎さん・董飛さん・劉錚さんの3人がそれは美しい diamond
…女方の美しさに日本・中国の差はない!… ことを思わされました。
また、昆劇の台詞が古(いにしえ)の中国語であることも
とても舞台を流麗にしているように私には感じられました。

その中で短期間の内に、中国語を習得し
歌声を披露された玉三郎さんの取り組みには脱帽です。
昆劇の役者さんに比べて、表情が豊かで動きが大きいのは玉三郎さんらしさとしましょう!?。
(…そのせいか、とても力強く見えることは見えちゃうんですけどネ…)
それでも、昆劇の中に融け込み違和感を感じさせない領域にまで達している舞台は
彼の弛みなき精進を思わせるに十分でした。
…中国本土での公演も喝采を浴びることは請け合い!… を確信しているワタクシメです!?。

また、召使いの「春美」を演じていた女優・朱瓔媛さんの瞳の美しさは
今まで見たことがない程の輝きでした。
彼女の瞳が生まれ持つものなのか・お化粧の仕方なのか、
濡れるように潤む大きな瞳が、「杜麗娘」の儚い生命を嘆く場面にはただ感嘆……。
新人俳優が舞台人として成功するか否かの判断基準の一つは瞳の輝きとはよく言われ
多くの人気俳優の魅力はその眼力(がんりき)にあるとされ、
私自身も海老蔵さんの眼力に打ち負かされることしばしばですが(!?)
今回の舞台ではその瞳の美しさの威力を目の当たりに見せられた気持ちになりました。
瞳の美しさ、大切になさって下さいませネ (*^_^*)

夢の中で恋した人に心を奪われ、叶わぬ恋に嘆き悲しんで
最後は生命さえ落としていく乙女心を物語る筋書きは
ある種、平坦ではあるものの、古典劇らしいと言えるのかもしれません。
しかしながら、今回は原作自体が55幕ある内の<さわり>と言える
ほんの3幕だけの上演とのことなので、物語は壮大で奥深いもののようです。
目にした瞬間に、…原作を手にとってみたい… と思わせてくれる出来映えを思うと
蘇州の取材に出向いたはずが舞台に立つことになられた玉三郎さんにとって
…まず大成功!… と言える舞台であったといえるのではないでしょうか。

『楊貴妃』
こちらは夢枕獏さんの手によって描かれた作品ですが
今回はこの演目も全編中国語での上演でした。
舞台セットも一新され、演奏も中国人の手によるからか、
今まで目にした『楊貴妃』とはまた違った印象を持たせる舞台でした。

ただ、玉三郎さんの楊貴妃が醸し出す幻想的な美しさは変わりがありません。
歌舞伎の舞台とは一味違った独特の趣を漂わせて
現世の二人としては二度と見(まみ)えることが許されない玄宗皇帝への恋慕を
とても切なく謳い上げている作品にされていると思います。

その中で今回、私にとって新鮮な驚きだったのは
方士を演じられた中国の俳優・周雪峰さんが非常にお若かったことです!?。
今までの方士はどちらかと言うと円熟のイメージを持たせる俳優さんが演じて来られたのに比べ、
頭髪は真っ白でも若い俳優さんが演じる方士には何とも言えない清々しさがあって
…方士の神通念力は年齢に比例して与えられるものじゃなかったのネェ!?…
と言った非常におバカな感慨を持ったワタクシメ(!?) 、
(…余りにクレジー過ぎで呆れ果てる思いではあるが!?…)
配役の大切さをつくづく感じさせられました!?。
(…どうやら最近の私、海老蔵さんへの感嘆も含めて
  若いお方に大きな魅力を見出し始めているやも~… かも coldsweats01

中国語での上演が可能となってこの作品も5月には海を越えるようですが
本場・中国の方々にも驚きと喜びを以て迎えてもらえる舞台だと思います。
中国での大成功をお祈り申し上げたいと思います。

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2008年3月14日 (金)

坂東玉三郎特別舞踊公演 観劇記

【大阪・松竹座】

§玉三郎丈配役
・「京鹿子娘二人道成寺」 白拍子花子   月21日観劇

玉三郎さん・菊之助さんによる『京鹿子娘二人道成寺』が
押し戻しまでのフルバージョンを上演するとあって
3年半振りに大阪・松竹座まで出向きました。

大阪まで足を伸ばした今回の舞台の大収穫は
正直に申し上げれば、玉三郎さんではありませんでした。
何と言っても海老蔵さんの圧倒的な存在感を目の当たりにしたことに尽きます!?。
1月の新橋演舞場での一人五役を堂々とやり抜き、
39回公演の切符を完売させた自信と
座長も勤めあげるようになった役者としての自覚が
益々、<市川海老蔵>という役者を輝かせているのでしょうか……。
舞台を目にしながら、…これからの歌舞伎は市川海老蔵の時代を迎える!!… とも
実感させられた、そんな舞台感想なぞをひとくさり……。

『連獅子』
…少々、早すぎな~い??… とも思える海老蔵さんが
親獅子を勤めた『連獅子』は若さに溢れた舞台となっていました。

…『連獅子』って兄弟の物語だった??… と思わせる舞踊自体には
かなりの課題を残しているとは思うものの、
特に3列目の真ん中で目にした海老蔵さんの目力(めぢから)、
光芒を放つ強烈なオーラに圧倒されっぱなし…… shine
…市川宗家の御曹司の舞台とはこのようなものか… とも思わされ
つくづく、…これからの歌舞伎は市川海老蔵の時代が来る!… との
確信を持って帰って参りました。

子獅子の右近さんも、 …心底、踊りが好きなんだろう… と思わせる
躍動感に満ちた踊り手に写った 『連獅子』 ……。
今まで目にしてきた 『連獅子』 とはまた違った楽しみ方を見出したような気持ちです。

『京鹿子娘二人道成寺』
こちらはシネマ歌舞伎にもなった玉三郎さん・菊之助さんによる人気演目……。
市川宗家を迎えることを原則とする押し戻しまでの
フルバージョンになることを楽しみに拝見致しました。

玉三郎さん・菊之助さんのお二人は
今まで通り、時には身二つ、時には一人・花子 といった
可憐で幻想的な娘道成寺の世界を創り上げていらっしゃいます。
特に50代後半を迎えた玉三郎さんにとっては
菊之助さんとのコラボレーションは体力的に嬉しいことではないかと思います。
1日でも長く舞台に立つ為にご自分の体のコンディションを最優先させる
玉三郎さんの姿勢を思う時、舞台を目にする度にファンとしては
…これからもまだまだ目にできる notes…  と嬉しくなる舞台です。

…が…しかし…、私にとって今回の舞台の眼目は
やはり、最後に登場した海老蔵さん diamond
押し戻しの数分間、舞台に立たれただけですが、その印象、強烈でしたよ~!!。

大館左馬五郎の海老蔵さんを目の前にしながら
…彼って口跡もいいんだ!!… と今更ながら感心!!!。
(…エ~ッ!?、今まで気付かなかったのぉ!?…
 ホントに歌舞伎、観てんの~~ぉ??… とは、決して言わないように!?)

すっかり海老蔵さんに魅せられて帰って来たワタクシメ……。
新之助さんの時代同様、海老蔵さんに心奪われると
玉三郎さんがどこかに吹っ飛んでしまうこのは本当に玉に瑕(きず)ながらも(!?)
…お婆ちゃんになるまで歌舞伎を楽しめる糧がいよいよ本格的になって来たことを
 喜んでいいんじゃないか!?… と言う気持ちならされました。

 ~ 玉さまの次に本腰入れるなら、これからの時代は海老さま happy01

を胸に秘めつつ、これからも歌舞伎を楽しみたいと思い入った
大阪・松竹座の舞台でございました!!。

(とは言いつつも、当分は玉三郎さん第一!
 海老蔵さんは玉三郎さんと芝居小屋が同じ時に舞台を楽しむことになりそうです!)

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